初心者もこれでOK♪富士登山を楽しもう!

富士登山の歴史
富士山の歴史
ウン万年前は海の底?聖徳太子も富士登山!?
以外と知らない富士山の歴史を再発見してみよう!

富士登山の歴史

富士登山に関する歴史は古くは弥生時代に遡るのです。

富士登山に関する歴史は古くは弥生時代に遡り、富士山・浅間神社の祭神である木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)が初めて登頂したと伝承されており、飛鳥時代には聖徳太子が馬に乗り富士山を登ったという伝説が残っています。

また、この伝説に由来して、八合目の聖徳太子が休憩したとされる場所には、『太子館』という山小屋があります。

長い間噴煙を巻き上げていた富士山は、その後も一部の修験者の修行先として登山されていきました。

富士登山が盛んになり始めたのは、江戸時代になって『富士講』というのが広まってからとされており、長い年月をかけて登山資金を蓄え、自分の順番を待って登ったそうです。

現在では老若男女問わず富士登山者が年々増加していますが、1872年(明治4年)まで富士山は女人禁制とされており、それ以前の1832年(天保3年)に女性で初めて富士山登頂したとされる「高山たつ」も男装をして登ったと伝えられています。

なお、外国人初の登山者は英国公使「R・オールコック」とされ、当時から日本のシンボルである富士山に外国人の登山を認めたくなかった幕府を説き伏せ、1860年(万延元年)7月26日に村山口(現在は滅亡)からの登山に成功しました。

上記のように富士登山の歴史は太古よりあり、各時代でさまざまな登山道が開通していた記録が残っていますが、多くが噴火活動により廃道となり、現在主な登山道として利用されているのは、静岡県側の富士宮口、須走(すばしり)口、御殿場口と、山梨県側の吉田口の4つです。

また、2008年(平成20年)8月、皇太子・浩宮徳仁親王が富士宮口から登り始め、御殿場口に合流後登頂し、大砂走りを経て下山した登山ルートが「プリンスルート」と称され、以来、初心者から経験者まで多くの登山者に人気のルートになりました。
皇太子殿下が登山時に宿泊をされた山小屋
『皇太子殿下が登山時に宿泊をされた山小屋』

富士駆け上がる聖徳太子 『三峰型富士の例 絹本着色富士曼荼羅図 狩野元信(伝)』

ページの先頭へ